電話:03-3359-9539
住所:東京都新宿区若松町8-3
最寄駅:大江戸線「若松河田駅」より徒歩3分
はじめに:祭りの後の闇の中で
クリスマスの祝祭が終わり、街のイルミネーションが消えると、私たちはふと、現実という静寂、あるいは心細さの中に引き戻されます。新しい年を迎える高揚感の一方で、「この先どうなるのか」という不安や、解決しない人生の重荷が、夜の闇のように私たちを包むことがあります。本日の聖書箇所に登場する東の学者たちもまた、長い旅路の果てに、一度は光を見失い、深い闇の中を彷徨いました。今日、彼らを導いた「星」を通して、私たちの闇に輝く神の恵みを見つめましょう。
本論:迷いの中に差し込む恵み
学者たちは星に導かれて旅立ちましたが、途中で星を見失い、エルサレムへ向かいました。「ユダヤ人の王ならば、王宮にいるはずだ」という、人間の常識と推測に頼ったからです。 しかし、そこで彼らが出会ったのは救い主ではなく、保身に怯えるヘロデ王と、聖書の知識はあっても動こうとしない祭司長たちでした。彼らが頼った「エルサレム」は、輝かしい都のように見えて、実は人間の欲望や恐れが渦巻く「闇」に覆われていたのです。私たちもまた、人生の救いを求めて、「立派な場所」「安定した場所」「力が支配する場所」にそれがあると思い込み、自らエルサレムへと迷い込んでしまうことがあります。そしてそこで、自分の無力さや、世の不条理という深い闇に直面し、途方に暮れるのです。しかし、神の恵みは、道を間違えた彼らを見捨てませんでした。彼らが王宮を出た時、人間の力や常識に見切りをつけた時、なんと彼らが見ていた星が再び現れ、「彼らを先導」(9節)し始めたのです。私たちが自分の判断で道に迷い、闇の中にうずくまっている時でも、神の導きは消滅していたのではなく、私たちが再び顔を上げるのを待っておられたのです。星が止まったのは、きらびやかな王宮ではなく、幼子のいる小さな家の上でした。真の光は、人間の作り出した栄華の中ではなく、飼い葉桶という「低さ」の中に、無力な幼子として輝いていました。彼らはそこで、自分たちの知識やプライドを捨て、ただひれ伏して拝んだのです。
結論:別の道を通って
光に出会った彼らは、夢でお告げを受け、「ヘロデのところ(闇の支配する場所)へは帰らず、別の道を通って自分たちの国へ帰って行った」(12節)とあります。彼らが帰る道は、依然として夜道だったかもしれません。しかし、彼らの心にはもう、「幼子イエスに出会った」という消えることのない光が灯っていました。だからこそ、ヘロデの機嫌を伺う古い生き方ではなく、神に守られて歩む「新しい別の道」を踏み出すことができたのです。年の瀬、私たちの現実にも闇があるかもしれません。しかし、どうか顔を上げてください。私たちの失敗や迷いを超えて導く、恵みの星が輝いています。この光を仰ぎ見つつ、新しい一年へと歩み出しましょう。
祈り
天の父なる神様。 クリスマスの喜びの時を過ぎ、再び現実の課題や不安が押し寄せる年末に、私たちを御前に招いてくださり感謝いたします。 私たちは、あなたの光を見失い、自分の思い込みや世の常識という「エルサレム」に迷い込み、そこで深い闇と虚しさを覚えることがあります。 しかし、あなたはそんな私たちを見捨てず、再び恵みの星をもって導き、真の光であるイエス・キリストのもとへと連れ戻してくださいます。 どうか今、闇の中にある私たちの心をあなたの光で照らしてください。私たちが古い生き方や恐れに舞い戻ることなく、あなたに出会った喜びを携えて、新しい「別の道」を力強く歩み出すことができますように。主イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。 アーメン。