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はじめに
本日11月30日は、教会暦で待降節(アドベント)の始まり、第1主日です。アドベントは、二千年前のキリストの誕生を記念すると同時に、再び来られる主イエス・キリストの再臨を待ち望み、備える特別な季節です。本日お開きのマルコによる福音書13章の結びの部分は、まさにこの待降節の主題にふさわしい、主イエスからの具体的な「備えの命令」が記されています。イエス様は、ご自身の再臨がどのように起こるか、そして、その時が来るまで私たち信仰者がどのような姿勢で日々を生きるべきかを教えられます。
偽りの惑わしと栄光の到来
主イエスは、終末の時代における二つの決定的な事実を語られます。一つ目は、偽りに惑わされない警告です。「だれかが『見よ、ここにキリストがいる』と言っても、『見よ、あそこにいる』と言っても、信じてはならない」(21節)と強く警告されます。偽キリストや偽預言者が奇跡を行って惑わそうとしますが、主の再臨は隠されて起こるものではないからです。私たちは、人の言葉や一時的な現象に惑わされることなく、イエス様が前もって語られた真理にしっかりと立つ必要があります。二つ目は、栄光に満ちた再臨です。主の再臨は、世界の根底を覆すような宇宙的な大変動(太陽、月、星の異変)の後に、「人の子が大いなる力と栄光を帯びて雲に乗って来る」という、公然とした、誰にも否定できない姿で起こります(26節)。これは、私たち信仰者にとっては、完全な救いの完成と、神の家族の集結を意味する希望の出来事なのです。
再臨の時を知らない「見張る」生き方
イエス様は、ご自身の再臨の時について、最も重要な事実を明かされます。それは、「その日、その時は、だれも知らない。天使たちも子も知らない。ただ父だけが知っている」(32節)ということです。再臨の時を知ることができないからこそ、私たちには最も重要な命令として、「目を覚ましていなさい」(33節)という言葉が与えられます。イエス様は、この命令を、主人から留守を任されたしもべのたとえを用いて説明されました(34節)。主人がいつ帰宅するか知らされなくても、しもべは自分の持ち場を守り、与えられた仕事を忠実に果たし続ける必要があります。これは、主の再臨を待ち望むということが、現実逃避することではなく、与えられた日々の生活と使命(愛、奉仕、証し)に忠実であり続けることなのだという、私たちへの明確な命令です。さらにイエス様は、「見張っていなさい」(35節)と命じられました。「見張っていなさい」という命令は、単に目を開けているという意味ではありません。それは、主が来られても恥ずかしくないように、罪の誘惑に対して目を覚まし続けることであり、神の御心を実行するために常に準備を整えている姿勢を意味します。この「見張っている」生き方こそが、主がこの待降節の時、私たちに求めておられる具体的な備えなのです。
結論
待降節の始まりにあたり、私たちは再び来られる主イエス・キリストの約束を心に留めます。私たちは、偽りに惑わされることなく、主の栄光に満ちた到来を確信し、「いつ主が来られても良いように」という緊張感と希望をもって、日々の生活と使命に忠実でいましょう。この「見張っている」生き方を通して、主の来臨を喜びのうちに迎えることができるよう、日々備えを続けましょう。
祈り
天の父なる神様、再び来られる主イエス・キリストの約束と、その栄光に満ちた再臨の希望に心から感謝いたします。どうぞ、この待降節の時、私たちに「見張っていなさい」という主の命令を心に刻ませてください。私たちが日々の生活において、与えられた務めに忠実に、罪の誘惑から目を覚まして歩む力を、今、与えてください。主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。