電話:03-3359-9539
住所:東京都新宿区若松町8-3
最寄駅:大江戸線「若松河田駅」より徒歩3分
はじめに:暗闇の中に響く声
本日の箇所は、洗礼者ヨハネが捕らえられたという、不穏で暗いニュースから始まります。正義を行う者が弾圧される、希望の見えない時代の幕開けです。しかし、主イエスはそのような時だからこそ、静かに引きこもるのではなく、ガリラヤへ行き、神の福音を宣べ伝え始められました。「時は満ち、神の国は近づいた」。この宣言は、絶望的な現実に対する、神からの勝利の宣言です。そして主は、この大きな救いの業をたった一人で行うのではなく、人間を招き、共に歩むことを選ばれました。それが「最初の弟子たち」の召命です。
本論:日常への闖入(ちんにゅう)
イエス様が声をかけられたのは、シモンとアンデレ、ヤコブとヨハネでした。彼らは神殿で祈る宗教的なエリートではなく、ガリラヤ湖で網を打つ漁師たちでした。「網を打つ」-それは、生きるために必死で繰り返される、毎日の労働の姿です。明日の生活への不安、終わらない日常の繰り返し。イエス様は、そのような私たちの現実の生活、労働の現場のただ中に、突然入ってこられます。彼らは「すぐに網を捨てて従った」と記されています。私たちはこれを読み、「彼らはなんと決断力のある、信仰深い人たちだろう」と感心し、逆に自分には無理だと感じてしまうかもしれません。しかし、それは違います。これは彼らの意志が強かったのではありません。イエス様の「わたしについて来なさい」という言葉が、彼らの意志をも圧倒するほどの力を持っていたのです。福音とは、私たちが立派な決断をして神を選ぶことではありません。神の側から、生活に追われる私たちの日常に踏み込み、「あなたはわたしのものだ」と圧倒的な恵みで捕らえてくださることなのです。
結び:人間をとる漁師へ
イエス様は彼らに「人間をとる漁師にしよう」と言われました。彼らは網(生活の糧、安心の拠り所)を捨てましたが、それは破滅への道ではありませんでした。イエス様は、彼らの過去や経験を無にするのではなく、それらを全く新しい目的のために用いてくださいます。ただ生活のためだけに網を打つ人生から、神の愛によって人を生かす人生へ。今日、この礼拝において、主イエスは私たちの名前を呼んでおられます。私たちの弱さや迷いを知った上で、「わたしについて来なさい」と招いておられます。この圧倒的な恵みの呼びかけに身を委ね、新しい一歩を踏み出しましょう。
祈り
天の父なる神様。日々の生活の重荷や将来への不安の中に埋没している私たちを、あなたは決して見捨てず、その日常のただ中まで訪ねて来てくださることを感謝いたします。シモンやアンデレが、あなたの力強い呼びかけによって網を捨てて従ったように、私たちもまた、自分の力ではなく、あなたの恵みの力によって立ち上がることができますように。私たちが自分の弱さを見るのではなく、私たちを「人間をとる漁師」へと作り変えてくださるイエスの眼差しを信じて、この一週間を歩み出すことができますように。私たちを招き、捕らえて離さない主イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン。