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『悪霊の惑わしによる音楽と賛美』

 

      ロックミュージックが多くの若者たちに満足を与える時代で、その集会では多くの人々は津波のように押し寄せ狂気じみた興奮と抑制の内振る舞いが時には暴動化しています。この音楽が日本の教会の中にも入り込んで来ています。「キリストと(悪魔の)べリアルとはどんな調和・一致があるのか。汚れたものに触れるのをやめよ。そうすれば私たちは神の息子、娘となる」のです(Ⅱコリント6章15、17節)ロックの音楽の影響について考えてみましょう。

 

1ロックミュージックの特質

 

   ロックのリズムは情緒不安、行動障害、反抗、革命さえ引き起こすことができるようです。ベースギターの低周波の振動とドラムの追い立てるような拍子は、ホルモンを生産する脳下垂体腺に作用し、絶え間ないビートは脳に過度の不調和引き起こすと言われています。またストロボライトがこれに相乗効果を加えます。これにより道徳観の壁が壊され、識別力を無くし、感覚のコントロールが麻痺してしまいます。またしばしば麻薬吸引や飲酒後に作曲されています。バンド全体を支配している力がありミュージシャンたちは霊媒師のように聴く者に影響を与えることができます。つまり彼らは潜在意識に働きかけて導くのですが、そこには悪霊的なエネルギーが現れ出ることが多いのです。こうしてロックスター自身も衝撃的な最期を迎えた者も少なくありません。

    特徴的なのは、飲酒、薬物、セックス、自殺などです。それは、この音楽の背後には死をもたらそうとする悪魔が潜んでいるからです。しかしサタンの影響下に引きずり込まれるこの危険性に気づかない人が大部分です。それは麻薬やオカルトに結びつき人々を熱狂させるよこしまな誘惑です。このような証言があります、「ステージに上がると悪霊に憑りつかれてしまう」「ロックコンサートは儀式以外の何物でもない、演奏者も聴衆も魔力をもらい熱狂に人々と引き入れることで成功する」これは、現実逃避するための心を鈍らせる麻酔薬、スリル、恍惚で暗い現実か、不条理からの解放です。罪のおぼれた生活から救いに導かれた人々がキリスト教会でもまたこのロックが福音伝道に用いられています。歌詞にかかわらずロックはロックですから再び罪深い生活に戻ってしまいます。ロックの本質は音楽そのものであり、歌詞とは無関係です。映画『最後の誘惑』のピラト役を演じたロックスター、デビット・ボウイは「ロックンロールは人を破壊します。ロックは常に悪魔の音楽であった」と言います。

 

2 教会に忍び込むロック

 

  クリスチャンロックは、歌詞や、救いについての証しなどを通して伝道に用いられるのですが、知っているべきことはその音楽は別の霊から来ていることです。そのロックの背後に潜んでいる霊が問題です。キリストは、「悪魔の働きを滅ぼすために」現れたのです(Ⅰヨハネ3章8節)ので、この音楽を伝道に用いるのは矛盾で、この音楽の助けを借りるのは大きな惑わしの一つです。信仰的な歌詞であっても人々をサタンの影響下に引きづり込んでしまう策略です。 ロックの歌では神の偉大さとその計り知れない愛を讃えることはできません。賛美はいけにえに基づくものです。神にささげる賛美、音楽は自己を拡大することではなく、縮小させ、損失を引き受けつつ他者のために生きることです。私たちのために苦しみを受け、死んでくださったイエスへの愛を深め、御跡に従うように励ますのに、このロックミュージックではありえないことです。従って、キリストの福音を伝える真の手段とはなり得ないのです。むしろ、その危険を警告し、それに対して立ち上がるように呼びかけるべきです。悪魔的な惑わしに溺れるせ大勢のひとびとへに責任があるからです。

 

3 祈りの戦士はいるのか

 

  今日、イエスは人々が悪の手に陥るさまを傍観できない信徒を待ち望んでいます。サタンとその手下である悪霊の働きと戦う祈りの戦士を求めています。ロックコンサートでイエスの力を呼び求めているでしょうか。もしイエスの勝利の御名がサタンの陰謀の上に宣言され、熱心に祈った結果、闇の力は拘束されます。盛り上がらなくなり、興奮や熱狂が抑えられるからです。悪魔の力とその攻撃が止み、人々が悪魔の熱狂に陥連れ去られないように祈るのです。麻薬やアルコールやタバコやセックスが取り除かれるように祈るのです。主は祈りを聞いて下さいます。祈りは聞かれます。

 

適用

 

   今日、悪魔は若者のアイドルとなっています。演奏者、ボーカルと聴衆はセクシーな関係となり悪魔のようにステージで振る舞います。悪魔からインスピレーションを受け、夢中になります。そして招集もまたオカルトにはまって行くのです。私たちは酒に酔いしれず、聖霊に満たされて賛美のいけにえ(エフェソ5章18~19節、ヘブライ13章15節)を献げるものでありたいのです。いけにえとは損失、犠牲。死を伴う事柄です。犠牲と悲しみに泣き明かしつつ賛美と施しをするとき、サタンとの戦いに勝利するのです。

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