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『御国に名が記されている者』

 

   イエスはご自身の務めを拡大されるために七十二人の弟子たちを立て遣わしました。その成果を報告した個所がルカ福音書10章17節以下に述べられています。その報告を聞いたイエスは弟子たちに一つの教訓を述べます。それについて学んでいきましょう。

 

 1 喜びを持って帰って来る

 

    七十二人の弟子たちは伝道の成果を、喜びを持って帰ってきて報告しています。主イエスが彼らに与えた「権威」がサタンや悪霊どもの持つ力にはるかに勝っておりました。そこで弟子たちは「主よ、お名前を使うと、悪霊どもさえもわたしたちに屈服します」と得意になって報告したのでした。するとイエスは「わたしは、サタンが稲妻のように天から落ちるのを見ていた。蛇やさそりを踏みつけ、敵のあらゆる力に打ち勝つ権威を、わたしはあなたがたに授けた。だから、あなたがたに害を加えるものは何一つない」と答えました。 人の創造以前、神に対してサタンは反逆した時、既に彼は裁かれ、陰府(よみ)に落とされ、墓穴の底に投げ込まれるべき判決が下されました(イザヤ14章15節、エゼキエル28章17節)。その後、神は様々な段階においてご自身のくだした判決を執行し始めました。七十二人の弟子たちを通して、十字架のキリストを通して(ヨハネ12章31節)、大患難の前の男の子とミカエルを通して、そのときサタンは地に落とされます(黙12章5節、7~10節)。また千年期のキリストの統治の前に天使を通し、そのときサタンは「底なし淵」に投げ込まれます(黙20章1~3節)。そしてついに千年期の後、「火の池」へと投げ込まれ永遠に及ぶのです(黙20章10節)。このように段階的に執行したのは神が忍耐深い方であることを示しています。 サタンが稲妻のように天から落ちるのを見ていたことを弟子たちに告げられたイエスは、彼らにサタンの力を踏みつける権威を授けたと告げた後、「しかし、悪霊があなたがたに服従するからといって、喜んではならない。むしろ、あなたがたの名が天に書き記されていることを喜びなさい」と告げます。悪霊どもを追い出すことよりもはるかに大事なことは何ですか?それは天において自分の名が記されることです。


2 悪霊追放の弊害

 

    多くの人は弟子たちのようにイエスの名によって悪霊を追放することに興奮しやすいのではないでしょうか。主は弟子たちの報告を聞いた時、悪霊どもが服従することを喜び、誇るのでなく、むしろ御国に彼らの名が記されることを喜ぶべきであると告げられました。 人に対して「サタンよ、悪霊どもよ、イエスの名によって命じる出て行け」とペトロに対して主イエスが「サタン、引き下がれ」(マタイ16章23節)と命じたように唱える人がいますが、これは人間関係を悪化させてしまう弊害があります。イエスはそう唱えてへびやサソリに象徴されるサタンや悪霊どもを征服することを自重するように告げているのです。むしろ私たちの名が天において記されるようなものであれと言うのです。 パウロの書簡は、私たちの名がいかにして御国に記されるかを記述しているのです。ルカ福音書だけではこの十分な説明を期待できません。私たちの名が御国に記されるのは、神が世の基が置かれる前から、私たちを選ぶように予定されたことを包含します。ではどうあるべきなのでしょうか? それは御国を受け継ぐ者としてパウロが教えていることに関連します。

 

3 御国を受け継ぐ者とは

  パウロは神の国を受け継ぐことができない人とは、肉の業をするものだと言い、神の国を受け継ぐ人とは命に満ちた実を結ぶ人、霊の結ぶ実を結ぶ人であると言います(ガラテヤ5章19~26節)。したがって、仲間割れや分裂や怒りや争い、嫉妬をもたらすような行為は自重しなければならないと告げるのです。サタンや悪霊を追放する権威を与えられているとしても、それを喜ぶのでなくむしろ聖霊の導きを受けてその命である霊の様々な実、つまりガラテヤ5章22節から23節で述べられている実を結ぶ生活をする者が、御国に名が記されるものであると言うのです。 ではどういう人でしょうか? そこには9つの項目だけが挙げられています、それは「愛、喜び、平和、寛容、親切、善意、誠実、柔和、節制」です。おそらくもっと多くの項目があるでしょう。例えば、「謙遜」(エフェソ4章2節)、同情(フィリピ2章1節)、敬虔(Ⅱペトロ1章6節)、義(ローマ14章17節)、聖(エフェソ1章4節)、純粋(マタイ5章8節)などです。これらは内住する聖霊の様々な表現です。要は、聖霊の導きを受け、それに従い、聖霊に満たされる生活をすることこそ、主イエスが弟子たちに望んだことでした。

 

適用

 

   肉パウロは弟子たちにこう言います、「霊の導きに従ってまた前進しましょう。うぬぼれて、互いに挑み合ったり、ねたみ合ったりするのはやめましょう」と結論づけています。聖霊の導きに従って歩むなら、私たちは自動的に、肉とその背後に潜んでいるサタンと悪霊どもを打ち破ることだからです。彼らに打ち勝つ道は、私たちが行いで何かをするのでなく、聖霊の器の存在となって生きることです。自分の弱さを認め、謙遜に生き、神の用いやすい器となることが伝道でもあるのです。その時神が私たちを通して働き、神の伝道は前進するからです。私たちは聖霊の器となる、主の御からだとなるのです。それには兄弟たちが愛の人となることです。これがサタン、悪霊どもに勝利する道なのです。議論するのでなく、魂の寄り添いをする人と成ることだと主イエスは弟子たちに命じたことです。

 

 

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