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「主の名を呼び求める」

 

   主の名を呼び求めるものには、救いが与えられると聖書にあります(使徒2:21)。初代教会のクリスチャンはみな主の名を呼び求める人々でした。そこで聖書では「主イエス・キリストの名を呼び求めている人々」(Ⅰコリント1・2)、「主の名を呼ぶ者」(Ⅱテモテ2:19)、「主を呼び求める人々」(Ⅱテモテ2:22)「主の名を呼び求める者」(ローマ10:13)と呼ばれていました。主の名を呼び求めると、私たちの命に変化が起き、救いを確信します

 

 1主の名を呼べ

 

    むなしい人生の中にいる人が多くおります。何しても充実感がなく、味気ない日々を生きている人です。彼らは常に生きていることに対する行き詰まりを身に染みて感じているのです。何をしてもむなしく殺伐としているので何のために生きているかもわかりません。そのため酒によって気分を紛らわしている人もおります。夜空に向かって「このむなしさから救ってくれ!」と叫びたくなる衝動にしばしば襲われることもあります。異性と出会い、恋するなら渇きが癒されるかもしれないと思う人もいます。ところがいくら愛しても渇きが癒されるどころか、孤独感は深まるばかりで苦しむ人もいます。しかし、聖書は「主の名を呼び求める者はだれでも救われる」(ローマ署10:13)とあります。クリスチャンは、この主イエス・キリストの名を呼ぶ者です。この方は神のそのものです。旧約聖書で預言者エレミヤがエルサレムがバビロン王の手に渡されると預言したため、ユダの王ゼデキヤによって獄に拘留されていた時、主なる神のことばが彼に臨んでこう言われました、「わたしを呼べ。わたしはあなたに答え、あなたの知らない、隠された大いなることを告げ知らせる」。こうして、エルサレムが崩壊するが、やがていやしと治癒と回復をもたらして平和と豊かさをもたらすことを知らされたのです(エレミヤ33:1-6)。


 2主の名を呼んでみる

  万軍の主に呼び求めようと預言者ゼカリヤは民に訴えました。新約の聖徒たちは全能の神として、主イエスの名を叫び求め、救いを得ました。使徒言行録2章では聖霊の注ぎを受けた聖徒たちは主の名を呼び求めました。すると聖霊が下り、人々の心の中に溢れるばかり注ぎ込まれ、奇跡と不思議な業としるしが与えられるのです(使徒2:22)。これは復活の主の霊である聖霊による御業です。主の名を呼ぶことによって受けられるものです。「主よ」と呼んでみるのです。三度呼んでみてください。体から何かが出て行くことを感じられるでしょう。

 

 

適用

 

  主の名を呼ぶ者は変えられます。

 第一に、死に打ち勝った復活された主イエスが肉体の中に潜んでいたすべての悪霊どもを追い出し、その結果、死の束縛、悪霊の束縛から解放されます。 

 第二に、むなしさ、渇きから解放されます。イエスは「この水を飲む者はだれでも、また渇く。しかし、わたしが与える水は(聖霊)その人の内で泉となり、永遠の命に至る水がわき出る」(ヨハネ4;13)と言われように「主よ」と叫ぶ者はむなしさと渇きを癒されます。

 第三に、真の喜びが与えられます。外側の物質的なものでなく、内側に生きておられる主イエスにより喜べない状況でも平安が与えられ、喜べるようになります(フィリピ4:4)。

 第四に、積極的に生き、精進するようになります。勤勉な主が内側に生きているからです(ガラテヤ2;20)。

 第五に、聖書を読みたくなり、主の話を聞くのが楽しみとなり、教会の集会に参加するのが好きになります(マタイ4:4)。

  神のことばによって生き、祈り、考えるようになるからです。感謝しても感謝し尽くしえない毎日に変えられるのです。

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