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「枯れた骨の谷 」

 救いを求める人に新しい命を与えることにより、人は甦りを経験します。エゼキエル書には枯れた骨が累々と横たわっている光景が描かれていますが、それが動き出しています。このように私たちの宣教の働きは枯れた骨に命を与えることです。これは自分の力では決してできないことです、ではその力はどこから得るのでしょうか。
 

1 人の真の姿
  預言者エゼキエルは「主の御手」に触れました。それは、神の霊のことです。彼は神の霊に導かれた谷に行きました。彼の時代にも知恵の人、信仰の人、正しい人が多くいましたが、彼が霊の目をもって見た時、みな枯れた骨ばかりでした。パウロは言いました、「私たちは、今後だれも肉に従って知ろうとはしません。肉に従ってキリストを知っていたとしても、今はもうそのように知ろうとはしません」(Ⅱコリント5章16節)。こう彼は決心しました。私たちは肉によって人を測り、肉によって人を知ろうとしてきました。神の目をもってこの世の有様を知るようにしましょう。それには聖書によって、神の考えを悟る必要があります。パウロは私たちが目を開くようにこう記しています、「神を認めようとしない者たちに、良くない思いに引き渡され、そのためしてはならないことをするようになりました。あらゆる不義、悪、むさぼり、悪意に満ち、ねたみ、殺意、争いと欺きと悪巧みとあふれ、陰口を言い、人をそしり、神を憎み、人を侮り、高ぶり、大言壮語をし、悪事をたくらみ、親に逆らい、わきまえなく、約束を破り、情け知らず、慈悲のない者となります」(ローマ1章28~32節)。これは人間の真の姿です。これを知らなければ伝道はできません。人のために重荷を負うこともできません。どうか霊に導かれて枯れた骨の谷であるこの世を見てください。エゼキエルが谷の周囲を歩き回ると、そこには非常に多くの骨があり、甚だしく枯れていたのです。生きている人を見ても喜びも平安も望みもなく、干からびている人がおります。ただ失望と、嫉妬と妬みと苦痛で満ちているのです。「非常に多くの骨があり」、どうかこのことをお感じ下さい。滅びゆくエルサレムを見てイエスは、「その都のために泣いた」(ルカ19章41節)とあります。

 

2 主を見上げ
 「そのとき主は言われた。『人の子よ、これらの骨は生き返ることができるか』」(エゼキエル37章3節)。皆さん、東京の干からびた骨は生き返ることができるでしょうか、と主はいま尋ねられます。「主よ、はい生き返ることができます」と答えられる方がおられるでしょうか。多くの人は、「それは困難です。彼らは頑固ですから、罪の奴隷ですから、生き返るなんてできません」と答える人はいないでしょうか。エゼキエルは「主なる神よ、あなたのみがご存知です」と答えられました。主が命を与えられるならば頑固で罪深い者であってもきよめられるのです。信仰を持って「主よ、あなたがご存知です」と答えたいものです。主を見上げるとき、望みが湧いてきます。この世を見ていては、望みを持つことがありません。伝度が成功するとは決して思われません。しかし主を見上げるとき、聖霊が働くならば死んだものをもよみがえらせることができると言う望みを持つのです

 

適用

主は私たちに人の生かし方を教えています。
第一に、『枯れた骨よ、主の言葉を聞け』(4節)とあるように、みことばを語ることです。教義や自分の思想を述べることではありません。
第二に、「主なる神は・・・お前たちの中に霊を吹き込む」(5節)と言われます。これは聖霊に服従することです。神の力を信じなければ、枯れた骨に語るのは愚かなことです。」
第三に、「骨と骨とが繋がり、その上に筋がつき、肉が生じ、皮膚がその上を覆った」(8節)。新しい秩序に行き出すのです。悔い改めの働きです。しかし霊がないと腐ります。
第四に、祈ることです。「霊に預言せよ」(9節)とは神の力をもって内なる霊に祈ることです。このとき人は生き返ります。聖霊を得るとき大きな集団となります。聖霊のバプテスマを求めるとき、大きな教会となって行きます。

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