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「愛によって生きる 」

   人を非難し、批判し、疑う態度は、人生の苦難をもたらし、人間関係は傷つき、壊されていきます。時には「私はこう思います」と言うこと自体私たちを孤立させるためのサタンの道具となることもあります。そこでイエスは「人のあら捜しはいけません。自分もそうされないためです。なぜなら、あなたがたが接するのと同じ態度で、相手も接してくるからです」(マタイ7章1~2節、リビングバイブル)と言われました。愛によって生きることがいかに大事かを考えてみましょう

 

1豊かになること

 

  人の話を聞くことは、富を手に入れるように知識も増えます。そればかりか良いい人間関係を広げていけます。人を非難しやすく、自己主張が強く批判的な人は、人間関係も豊かに築くことが難しいのではないでしょうか。悲観的なタイプ、支配欲の強いタイプの人は、人のあら捜しをするのが得意です。そして周りに対してネガティブな考えをすぐ口にしまいがちです。 物事の見方は人それぞれで、自分にとって正しいことが、必ずしも相手にとって正しいこととは限らないと言うことです。

    相手が自分よりも劣っていると、見下していると非難したり、批判したりしがちとなりますので注意すべきです。 では、私たちは、もし相手があやまちを犯した場合どのようにすべきでしょうか? パウロは「だれかが不注意にも何かあやまちを犯した場合、聖霊なる神に導かれて生きているあなたやさしく謙遜な気持ちでその人を助け、正しい道に立ち返らせてやりなさい。同時に、自分もまた悪の道に陥らないように気をつけなさい。相手の悩みを共に背負い、キリストの命令に従いなさい」(ガラテヤ6章1~2節、リビングバイブル)と言います。 裁いたり、非難する権利を持つのは、ただ唯一の神だけです。

  もし私たちがそうするなら神の立場に自分自身を置いているのと同じことです。そうするのは私たちの役目ではありません。 ではなぜ非難や批判的な考えを持つのでしょうか。それはサタンが植え付けるからです。サタンは私たちを貧しくさせます。人間関係を破壊し、孤立させ、命の関係を切り裂きます。サタンい対抗して、豊かになりましょう。

 

2 サタンに対抗するには

 

 「人は、自分の蒔いたものを、また刈り取ることになる」(ガラテヤ6章7節b)という法則があります。種を蒔いて作物を収穫し、資金を投資して利益を得るのと同じく、私たちの態度に関しても、蒔いたものは必ず自分が刈り取るようになるのです。天に唾すれば、その唾は自分の顔に落ちるのです。 自分に対する非難話を耳にしたら、自分が過去に蒔いた人への非難の種の刈り入れをしているのだと考えるといいのです。

  サタンの攻撃から身を守り、人を裁いたり、あら捜ししたりしないようにしなければサタンやその手下である悪霊が入って来てさまざまないたずらを始め、大きなダメージを受けます。「愛によって生きる」ことは、サタンの攻撃から身を守る最強の手段です。私たちは愛し合う力を与えられています。愛することを実行しなければなりません。それなのに裁き合ったり、非難し合ったりすれば、それは愛という神聖なるものを犬や豚(つまり、悪霊たち)に与えのと同じことなのです、とイエスは言われました(マタイ7章6節)。いくら愛を施しても、非難したり、批判したりしていては、悪霊たちが忍び込む隙を与えてしまうからです。彼らはその「聖なるもの」でさえ足で踏みにじり、向き直って、私たちに突っかかって来るのです。 私たち人間は、みな失敗するものです。弱さを持っていない人は、どこにもいません。

    冷たく非難し合うのはやめて、「互いに親切にし、・・・神がキリストによってあなた方を赦してくださったように、赦し合いなさい」(エフェソ4章32節)と聖書が教えるように、お互いを赦し合っていきましょう。 人のすることは非難したり、批判したりしても、自分をよく観察すれば、五十歩百歩ではありませんか。イエスが言われた、「人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい」(マタイ7章12節)という教えは、すばらしい人生の教訓です。これを守っている限り、人を非難したり、批判したりすることはなくなるはずです。同か「人のあら捜しをするのでなく、人の良い面だけを見るように心がけましょう。そうするのは人のためであり、何よりも、自分のためなのです。私たちが豊かになり、幸せの実を結実するには神の道を歩み、イエスの教えにしたがう以外にありません。しかし、サタンの道に従うなら、実が成るどころか、逆に腐っていくのです。

 

 

 

適用

 

  聖書の言葉に従うことは大きなチャレンジです。皆さんの多くは人から何度も裏切られ、傷つき、失望をしたことでしょう。よって誰も信用できない、親切そうにしても人は見返りを求めているのだから注意しなければならない、と思っているのではないでしょうか。それはサタンの要塞が頭の中に築かれているのです。それを砕いて、心を一新させる必要があります。それができるのは唯一、神のことばと言う武器によってです。 次に、人間関係においても越えてはならない境界線があります。本来神にだけ置くべき信頼を、友達に信頼を置きすぎるとやがて問題が起きて、傷つくことがあります。神にだけ信頼し、聖霊なる神の呼びかけに対して敏感になるべきです。境界線を越えてバランスを崩しそうになっても、聖霊はそのことを気づかせてくださいます。私たちは命を楽しむよう、新しい人生の領域に足を踏み入れていきましょう。

 

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