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「さまよい迷う心  」

    落ち着かず平安がない状態は、正常ではない心の状態です。それだけが異常な心の状態ではありません。それは集中して物事に向き合えない「さまよい迷う心」の状態です。それはサタン御攻撃を受けているしるしです。心を野放しにしておくと、気の向くままさまよい続けます。

 

1集中力の低下

 

   集中力がなく、思いのままに何事かをなす人がいます。それを精神面の弱さが原因だと言う人もいますが、それだけでではありません。ビタミン不足の症状でもあります。ビタミンB群には集中力を高める働きがあります。 極度の疲労も集中力をなくします。疲れがひどい時には、サタンの攻撃にも合いやすいものです。またそんな時は、難しい話をされても集中して聞けず、人間関係を悪化させてしまうことが多いものです。そのような時にサタンは隙を突いて狙って来ます。間違ったことを信じたり、誤解したりしてしまいます。集中力が保てないと、聖書を読んでいても字面を負うことで精いっぱいで、書かれている内容を理解するまでは、頭が追い付いて来ないのです。したがって理解力も低下します。この原因が「さまよい迷う心」なのです。心がどこかに行ってしまっていると、人の言った事には気づかないものです。現実とは違う場所に心だけ行ってしまっている人は案外多いものです。

 

 

2 自分の足に気をつけよ

 

   コーヘレト4章17節に「足を慎むがよい」(新改訳では「自分の足に気をつけよ」)という表現があります。これはバランスを失うな、横道にそれるな、という意味かも知れません。またそれは今取り組んでいる目の前のことに集中しているなら横道にそれずに済むという事かもしれません。ある事柄をしながら他の事をしようと考えると忘れ物をしたり、中途半端な事をしてしまいがちです。心がさまよい集中して心をコントロールできなくなるからです。

  礼拝に出て楽しんでいるのですが、突然、心がさまよい始めショッピングセンターをさまよい、礼拝で語られる言葉はうわのそらで聞いているのですから何も得るものがありません。サタンはそれをよく知っているのです。このように目の前の問題から目をそらすようにサタンは仕掛けて来るのです。これは聞き逃し、心がさまようようにするほど大切な事を語られているからです。したがって録音をしたり、ノートを取ったりして一つも聞き漏らさない姿勢を持つと、サタンはあきらめて攻撃をしてこなくなります。

   もう一つ、サタンの仕掛けて来る惑わしは、「精神的な問題が自分にはある」と思わせることです。「自分はどこかおかしいのかもしれない」と思うことです。しかしこのようにあれこれ考える前にすべきことがあります。こころのさまよい癖から卒業することです。自分の足を見守ることです。いま取り組んでいることに心を向け続けることです。古い習慣を捨て、新しい習慣を身につけるには時間がかかるかもしれませんが、今を大切に生きることを学ぶべきです。それは永遠を生きることです。 江戸時代後期の浮世絵師・葛飾北斎の代表作に『富獄三十六』があります。その波図の波頭は5000分の一のシャッターで静止させその形を見ることができるそうですが、そのようなカメラのない時代に北斎がどうやってそれを見て、描いたのかが謎でした。10月9日のNHKの番組『北斎“宇宙”を描く』でそれが明かされました。それは手前にある近くの波を見て、形を極め、遠方にある波頭の形を幾何学的な技法で理解して描いたと言うものです。

  今ある現実を気をつけて見る時、見えないものまで見る、ひいては永遠の姿を見るのです。 3 迷う心 イエス様はこう言われました、「はっきり言っておく。だれでもこの山に向かい、『立ち上がって、海に飛び込め』と言い、少しも疑わず、自分の言うとおりになると信じるならば、そのとおりになる。だから、言っておく。祈り求めるものはすべて既に得られたと信じなさい。そうすれば、そのとおりになる」(マルコ11章23~24節)。あれこれと問題にぶつかるたびに、私は「どうなるのだろうか?」と口にするようになります。天気はどうなるだろうか? 人はどのくらい集まるだろうか? こうしてあらゆることを想像して不安になることがあります。しかしそんな不安な思いでいるよりも肯定的に考えた方が心も晴れやかに過ごせます。

   神様が一番良いようにして下さると考えれば、悩まないのです。人が迷うのは自然な反応です。そかしそう考えてばかりいると優柔不断になり、優柔不断は人に混乱をもたらします。あれこれと迷いながら決断できず、信仰によって、神から祈りの答えを受け取るチャンスを逃してしまうのです。信じるなら与えられるとイエス様は語られました。いっぺんに多くのものすべてが与えられるわけではありません。すこしでも与えられたが感謝し、求め続けるのです。

 

適用

 

 私たちは救い主を信じ、十字架の贖いと復活を信じたならば、神の子とされます。聖霊が心の中に注がれます。しかし同時にサタンもやって来ます。蜂は甘い蜂蜜にやって来ますが、蝿もやって来ます。このように聖霊が来るところに、サタンもやって来ます。そして神の働きを妨害します。主のみわざを信じないようにさせます。私たちは神に仕え、従いましょう。ところが心がさまよい、詰ると信仰が働きなくなりいやしも起りません。聖霊様が働かないからです。私たちはイエス様の目的、神の目的をしなければ聖霊の油は注がれないのです。神に仕え、従順にみことばを信じるなら不思議な業が起るのです。信仰が働くと問題の部分が回復し、完全に自由となります、いやされましょう!

 

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