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「 神の言葉と働きを思い巡らす 」

神の道と神の教えを思い巡らし、それをじっくりと考えることに時間をさくことは大事な事です。主の教えを愛し、昼も夜もその教えを思い巡らす人は流れのほとりに植えられた木のように時が来ると実を結び、その人のすることはみな栄えます(詩編1編3節)。

しかし、実際、ほとんどの人はみことばを思い巡らし、生活の中に神の言葉を置いている人はとても少ないのです。それは基本的に私たちは怠け癖を持っているからです。努力せず何かを得たいと願う人は多いのですが、そんな都合の良い話などあるわけがありません。自分が時間を費やした分だけ、神の言葉から得るものがあるのです。では具体的にどうすべきでしょうか。

1 思い巡らすために

自分の思い通りにならないことはこの世の中に幾らでもあります。そこで神に対して文句を言ったり、周囲の人に八つ当たりしたりする人が多くいます。

 しかしそれは愚か者のすることで賢い者は主の言葉に耳を傾け、なぜいまそのような状況に置いているのかを問います。大抵は思考の混乱、誤解、勘違い、理解不足が原因で窮地に陥っている場合が多いからです。聖書はこう言います、「わが子よ、わたしの言葉に耳を傾けよ。わたしの言うことに耳を向けよ」(箴言4章20節)とあります。神の言葉に思いを巡らせ、深く考え、まっすぐに向き合い、繰り返して心の中でイメージすることで、神の言葉に心を傾けることが必要不可欠だと言うのです。

 「継続は力なり」という諺を聞いたことがありますか?なんでも習熟するには何度も繰り返し練習するものです。それは神と歩む人生においても同じです。

 もしあなたがすることすべてにおいて成功し、栄えることを望むなら、昼も夜も神の言葉を思い巡らすことです。みことばを昼も夜も思い巡らし、口から離さず、そこに記されていることを、ことごとく守って行なうなら、あなたの道は栄え、勝利を得る(ヨシュア1章8節)。みことばから右にも左にもそれてはならないのです。

これが成功の秘訣です。

 なぜそうしなければならないのでしょうか? それはサタンが頭の中に悪い考えを吹き込んでくるからです。サタンは嘘つきですから、隙間だらけの頭の中に嘘や偽りや考える価値もないようなくだらない事を吹き込んでコントロールするからです。サタンは皆さんを惑わすほど才能豊かです。

 頭の中は戦場です。サタンとその手下である悪霊が様々な間違ったことを吹き込み私たちの頭の中をごちゃごちゃに混乱させていきます。そこで多くの人はその間違ったことばかりを思い巡らせているのです。そして身動きができなくなっています。

 教会の礼拝に参加して、そこで聞いたメッセージを後から思い返す人は意外と少ないようです。毎日聖書を読んでいてもその内容を思い起こすことなどほとんどない、そんな人が大半です。ですから神の素晴らしい働きをも思い巡らすこともない人が多いのです。みことばと神の働きをじっくりと味わうことが大事です。

  ダビデは、「わたしの霊がなえ果て、心は胸の中で挫けます。わたしはいにしえの日々を思い起こし、あなたのなさったことのひとつひとつ思い返し、御手の業を思いめぐらします」(詩編143編4~5節)と言います。人生のどん底にいたダビデは、憂鬱に包まれ心はこわばった時、昔のことを思い出し、神のなさった素晴らしいわざに目を向けることで、憂鬱を克服したのです。あなたの思考、考え方が勝利ある人生を送るために重要な役割を担っているのです。自分の考えを神のことばと一致させることが私たちの役割です。それを拒み、代わりにくだらないことばかり考えているなら、決して勝利を体験することはありません。

2 心の一新により変えられる

世間の人たちの生活態度や習慣や考えにまねるのでなく、心を新たにして神の考えと一致する考えを身につけることが必要です。神がデザインしてくれたベストな自分を見い出し、それに向かって少しずつ変えられて行くことです。自らの欲望や衝動を十字架に釘づけし、聖霊の充満と共に復活することにより、新しい人間に変えられることを主イエスは可能にしてくださいました。それを体験するのは心の一新というプロセスを通過しなければなりません。

イエスの血潮と十字架の死、そして復活を信じ、受け入れたとき救いが与えられ、罪人から義人(正しい人)に変えられます。これが「救い」です。しかし、みことばによって自分の心を一新されずにサタンとその手下である悪霊の惑わしに敗北する人も多くおります。そしてこの地上で勝利の生活を生きられず神の完璧な計画を味わうことなくこの世を去る人もいます。クリスチャンになれば天国に行く保証は受け取っています。でもそれだけでは勝利の生活が与えられません。間違った肉の歩みをしてしまうと、頭はますます間違った事柄を思い巡らし心は苦しみで満たされます。

適用

私たちは何を考えるかについて、聖書は分かりやすくアドバイスしています。フィリピ4章8節で「すべて良いこと」を考えるように勧めています。自分を建て上げることを思い巡らすべきなのです。

第一に祈ることです。神の思いと自分の思いが一致するように祈ることです。 第二に惨めな思いや不満が起り、平安がない時は、神の思いと一致していません。それでは周囲の人にも惨めさを与えます。

その時は自分が考える凝り固まった思いを棚卸しすることを習慣づけることです。「あれ、いま自分は何について考えていたのかな」と自分に問いかけてみる思考パターンを持つ事です。今、自分は何を語ろうとしているのか。何を考えているのか。このように思考を片付けながら生きると、サタンや悪霊の惑わしを受け付ける隙を無くします。多くの人は自分が惨めなのは周りの人のせいだと信じ込んでいます。しかし、その原因を作っているのは私たちの思考なのです。どうか、今自分が何を考えているかについて考えてみてください。


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