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「 神の選びの場所」

    聖書では、私たちは神が選ばれた場所で礼拝と教会生活を持たなければならないと告げている。

 

 

1 神の選定された場所に行け

 

 

  申命記12章5節 「主が選ばれた場所、主の住まいの場所に行くように」

申命記12章2節 「高い山、丘の上、茂った木の下で神々に仕えてきた場所を一つ残らず徹底的に破壊しなさい」

申命記12章3節「偶像の名を消し去れ」 自分が正しいと思う場所ではない

  (申命記12章8節)「あなたは、自分の好む場所で焼き尽くす献げ物をささげないように注意しなさい」(申命記12章13節)

  ★神の選ばれた場所は、神の住まいであるエルサレムであり、教会である。今日、神の住まいは、人の霊の中にある。思いや感情や意志の領域だけで教会を認識すべきではない。愛と施しがある所が教会ではない。復活の命の霊(聖霊)が注がれ、内住し、働かれる場所、この人の霊の集合体が教会である。「新しい人」である。聖霊の実を結んでいるところ、その実とは、「愛、喜び、平和、寛容、親切、善意、誠実、柔和、節制」であり、肉の業は「姦淫、わいせつ、好色、偶像礼拝、魔術、敵意、争い。そねみ、怒り、利己心、不和、仲間争い、ねたみ、泥酔、酒宴、その他のこのたぐい」(ガラテヤ5章22節)、「無慈悲、憤り、怒り、わめき、そしりなど」(エフェソ4章31節)。

  ★神の選ばれた場所は、三一の神とキリストの名が置かれてある場所である。

  イエス・キリストの名によって集められた場所、「二人、または三人がわたしの名によって集まるところに、わたしもその中にいる」(マタイ18章20節)

 

(2)手順を経られた神である

     また恵みはイエス・キリストを通して来た、と言います(ヨハネ1:17)。神の言葉が肉体となって、私たちの間に宿った時、直訳では、幕屋を張った時、恵みもまた来ました。このことは恵みが受肉した神と共に来たことを意味します。つまり、キリストの受肉前、恵みはまだ来ていなかったのであって、受肉を通して恵みは来たのです。

 使徒4章33節では「使徒たちは、大いなる力をもって主イエスの復活を証しし、皆、人々から非常に好意を持たれていた」とあります。直訳では、「大いなる恵みがすべての者の上にあった」となっています。復活の中の大いなる力が、大きな恵みであったことを示しています。それは復活の中のキリストが恵みであるということです。それは仕事とか家とか、車ではなく、信徒達によって受け入れられ、享受された神です。

 使徒11:23で、バルナバはアンティオケに行くと、そこで「神の恵みの有様を見て喜んだ」のです。直訳では「神の恵みを見て喜んだ」となっています。バルナバは、物質的祝福を見たのでなく、信徒達がキリストの中の神を経験している有様を見たのです。

 

 

2 聖なる高台の再建とその霊的意味

 

     聖なる高台の霊的意義は、分裂である。神の臨在の場所である唯一の場所エルサレムを離れることは、分裂である。

  ソロモン王とヤロブアム王は率先して唯一の場所の代替物(高台)を再建した。★ソロモン王 (列王記上11章6-8節) 数百人もの妻たちやそばめ達がおり、彼女らの願いを満たすための建設。情欲と関連する。

   ★ヤロブアム王(列王記上12章26-32節〕野心と偶像礼拝と関連し、ダビデの家であるエルサレムと離れたところで礼拝を持たせようとした。ベテルとダンにて礼拝を持たせ、そこに金の子牛を安置した(28節、29節)。さらにレビ人でないものの中から祭司を選任した(31節)。

  ◆霊的意義 この聖なる高台は、キリスト以外の何かを高めることである。それには聖書研究や聖書の教えも含んでいる。聖書集会、聖書の学びは良い事であるが、分裂をもたらすなら、それは「聖なる高台」となる。 キリストの代わりに何かを高めるならそれは「聖なる高台」となる。教義、規則、教会政治などが「聖なる高台」となる場合もある。 ソロモンは、エルサレムに神殿を建てたが、愛する女たちの願いを満たそうと「聖なる高台」を再建した。 ソロモンの死後、ユダの王レハブアムの競争相手であるヤロブアム王は野心のために「聖なる高台」建てた。どちらも神の怒りを引き起した。

   ★教会の中で経済的豊かさを追求する野心から「聖なる高台」を築くなら、神の怒りを引き起すことになる。 ソロモンやヤロブアムは心が転じて、イスラエルの神を離れた。情欲や野心を満たすために「小高い丘」を築いた。自分の目に正しい事をするのではない。主の目に正しいことをすることである。

   ●神の選ばれた場所に行かなくなる別の理由もある。 それは、ある兄弟姉妹に会いたくないと思うからである。出席しても顔を合わせたくない。避けようとする。ある兄弟姉妹との折り合いが悪いことも違った、自分の好みの場所に移る理由である。しかしそれは命と祝福を失う。分裂をもたらす肉の業であるからである。

 

 

 

適用

 

   私たちは、主を恐れて(申命記14章23節)、主の目に正しい事を行わねばならない。父なる神と御子が一つであるように、御子と私たちとは一つとなり、さらに信徒同志が完全な一つとなって教会を造り出して行かねばならないのである(ヨハネ17章21、23節)。

  自分勝手に「聖なる高台」を建ててはならないのである。キリスト以外の何かを高く掲げてはならない。 聖書研究も聖なる高台となる可能性がある。 異言を語ることでさえ分裂の原因となる。それがキリストよりも高く掲げられると、それが「聖なる高台」となる。それに気づいたらすぐに打ち砕かねばならない。

  教義や規則もそうである。「聖なる高台」となる。そしてある教派やグループは、ひとつの高台となる場合もある。それらは情欲と野心と関係する時である。 その結果どうなったでしょうか?

★北のヤロブアム王の国はアッシリア人に征服された。

 

★南のユダ王国はバビロンに征服された。神の怒りに遭った。

 

 

 

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