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「 臨在の祝福」

   ヨハネ黙示録11章で天使によって「この世の国は、我らの主とそのメシアのものとなった」という宣言がなされると変革の時がやって来、12章で一人の女が男の子を産み、その子が天の御座に上げられるとサタンが天から投げ落とされました。次いで、19章で神は御座からもう一つの宣言をなされ、「小羊の婚礼の時が来て、その妻の用意がなされた」と言われます。

      そして21章で新天新地が現れ、新しいエルサレムが、花嫁のように用意を整えて神の下を離れて天から下ってくるのを見た、とヨハネは記しています。これはエフェソ書5章のしみやしわやそのたぐいのものは何一つない聖なる、汚れのない、栄光に輝く教会」のうぃ花婿なるキリストが迎えることの成就です。聖徒たちはすべて集められ主のからだが全うされるのです。神のみ前に集められ、その臨在の中で栄光化されます。

 

 

1 新天新地がもたらすもの

 

     黙示録21章3節で新天新地がどうなるかを見ます、「そのとき、わたしは玉座から語りかける大きな声を聞いた。『見よ、神の幕屋が人の間にあって、神が人と共に住み、人は神の民となる。神は自ら人と共にいて、その神となるであろう』と言います。新天新地は永遠の祝福の中にあります。そこには否定的な面の叙述が続いていますが積極的なものではありません。積極的で永遠の祝福は何かと言いますと、それは、神が私たちと共におられると言うことです。神の臨在が祝福です。 目の涙がぬぐい取られることや死がなくなることや悲しみも労苦もなくなるのは、神の臨在による永遠の喜びと楽しみがあるからです。

     ソロモンはかつて神に言われました、「神は果たして地上にお住まいになるでしょうか。天も、天の天もあなたをお納めすることはできません。わたしが建てたこの神殿など、なおふさわしくありません」(列王上8章27節)。しかし新エルサレムは神を入れることができると言うのです。そして神の御座はそこに設けられます。新エルサレムは小羊の妻です。全能者はこの女の内に住んでおられると言うのです。ですからどんな誘惑が来ようと、悪の力が来ようと中に入ることはできません。人は二度と堕落することはありません。

 

2 臨在のもたらすもの

 

   新天新地の祝福は、神の臨在です。経験によって臨在の何であるかを味わったことのある人なら、それが祝福であることを知っています。歌手のフランク永井の持ち歌に『おまえに』(岩谷時子作詞)という歌謡曲がありますが、そこで「そばにいてくれるだけでいい」と歌い上げます。愛する人がそばにいてくれるだけで人は祝福を感じるものです。神の臨在があるならこれ以上に尊い祝福は他にはありません。

    神が私たちと共に住み、私たちが神の民となるのです。そして「悲しみや嘆き」の心の痛み、内側の痛みも、「涙や労苦」の肉体の痛みももはやありません。全部が過ぎ去ると言うのです。今日私たちの問題は、新しい創造でありながら、依然として旧創造の中に生きていることです。しかしかの日すべてのものが新しくされます。一切が新しくされます。これが永遠です。

 

 

適用 

   神は「わたしはアルファであり、オメガである」と言われました(21章6節)。それは神が計画を成就され、ること、到達点に到達されること、神が始めたことは必ず完成させることを告げたのです。神は未完成のままで終わる方ではありません。教会の現状がどのような状態であろうとも、神の到達点ではしみも、しわも、そのたぐいのものは一切ないのです。これが栄光の教会です。永遠の祝福は事実ですが、同じように永遠の刑罰も事実です。信仰をもって勝利者となりましょう。

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