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「 教会の働きと責任 」

   教会の働きと責任は、霊の戦いにありますが、この戦いの相手は血肉ではなく、空中に住む霊的存在であります。エフェソ6章で告げる霊的戦いは、攻撃的でなく防御的です。それは、既に主イエスがサタンに打ち勝ち勝利を得ているからです。しかしこれが判り難いので、少し説明を加えることにします。

 

 

1 主は勝利された

 

     主イエスが来られたのは、サタンの働きを滅ぼすためで、御自身の死によって滅ぼされたのです(Ⅰヨハネ3章8節、ヘブ2章14節)。この世はいまだにサタン御支配下にあります。問題は、サタンがこの地上におり、そのうえで破壊のわざをしようとしたことです。そのために神は私たちを罪から救い出し、サタンのわざと権威とをくつがえすために用いようと願っております。もし神御自身が直接にサタンを対処するのであったなら、ことは非常に簡単であったでしょう。

   一瞬にしてサタンは倒れることであったでしょう。しかし神の選択はそうではありませんでした。神は人がサタンを対処することを願われたのです。かくして神は、キリストと勝利の教会を、サタンのわざに打ち勝ったキリストとサタンのわざをくつがえした教会をもつことを計画されました。これは神の満足のために計画されたことです。それはアダムが造られただけでなくエバをも造られ助け手として働かれることを願ったようにです。

   教会はキリストのために造られたのです。それは私たちの福祉のためだけでなく、神の満足のためであったのです。教会はかくしてキリストにふさわしくあるなら、神は満足するのです。 神の敵サタンは、主イエスによって十字架上で裁かれました(ヨハネ12章31節、16章11節)。サタンは、人の肉の中に自分自身を注入しました。主は罪の肉の様で、十字上で死ぬことによって、人の肉の中にいるサタンを滅ぼされました(ヘブル2章14節)。このようにサタンを裁くことによって(ヨハネ16章11節)、主はこの世も裁かれました。この世はサタンにすがっています。ですから、主イエスが十字架に上げられたことは、この世を裁き、その支配者であるサタンを追い出したのです。 ヨハネが幻で見たのは、サタンが天使たちによって天から地上に投げ落とされる光景でした(黙12章9節)。

   サタンはその地位を失い、もう立つことができなくなりました。その時、天に大きな声があって、「今や、我々の神の救いと力と支配が現れた」と言います。 サタンが、ある場所を離れる時はいつも、神の国がそこに現われるからです。主イエスの臨在こそ神の国を代表し、イエスこそ神の国で、主がおられるところに、神の国があるのです。そして教会もまた神の国を代表しています。そして教会の使命は、主の勝利を維持することにあります。教会の仕事は、サタンに打ち勝つ事ではありません。主によって既に敗れたサタンに抵抗することだけです。サタンの働きを自由にさせないことです。攻撃の必要はありません。防御するだけで十分です。主は既にサタンに勝利されているのですから、サタンに対抗するのでなく、主に信頼することが霊的戦いの出発点です。もはやサタンは何事もすることはできません。主は既に勝利を得られたのです!

 

2 神の国としての教会

 

      教会は神の国を代表しますから、教会のすべての働きは神の国の原則によって支配されています。救霊の働きは、人が救いを必要としているからだけではありません。サタンに対処するために神の国の原則が適用されなければなりません。 それは、御国での報酬、地位、大きいか小さいかなどは問題ではありません。

     このように教会もそこでの働き人の報酬や地位、会堂の大きさ、高さ、美しさなどは問題ではありません。 悪霊を追い出すことも、他の仕事もすべて神の国の原則の下にあるべきです。しかし神の国は自動的に来るのではありません。

   主イエスは弟子たちに神の国が来ますように祈れと命じました。 神の国をもたらすには、神のために立ち、サタンに何の根拠も与えないことです。

  

適用 

     そのためにはどのような生活態度を持つべきでしょうか。まず私たちの罪と不義とがすべて対処されなければなりません。肉の人は放棄されねばなりません。人の罪の問題と損失は、主の贖罪のわざ、十字架によって解決しました。

   しかし神のこうむった損失は解決されていません。それはただ神の国によってのみ回復されます。神の国の直接の目的は、サタンに対処することです。それはサタンの得たものを滅ぼすことにあるからです。 人は堕落してサタンの餌となり(創3章14節)、家財となりました(マタイ12章29節)。これに神の国は対処します。もし神の国がないならサタンのわざを滅ぼすことができません。

   十字架の贖罪の後、直ちに新天新地が現れなかったのは、サタンの問題がまだ終わっていなかったからです。まず新天新地が来る前に御国が来なければならないからです。「この世の国は、我らの主とそのメシアのものとなった」(黙11章15節)と言います。キリストがこの世を統治された後、新天新地が現れます。神の損失は、御国を通して回復されます。私たちは救霊のために働き、人々が救われるように導くと共に、御国のために堅く立たねばなりません。神の国とは、神の支配する領域です。神の栄光、力、権威が私たちをとして現れ出る教会こそ、サタンに損失を与えるところとなるでしょう。ばなりません。主のお言葉をそのまま受け入れ、聖められた生活をなそうと求める時、聖霊が働いて教会を造り出すのです。

    聖なる生活、愛の生活を捜し求めなければ教会は樹立できません。皆さんの祈りの祭壇は崩れていないでしょうか。破れはないでしょうか。もしそうであるなら急いで修復していきましょう。その時、あなたの教会が建て上げられ、主はあなたの前に立ち現れることでしょう。そこには悲しみも、痛みも、病も克服された新創造の教会が立ち現れます。

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