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「 愛による贖いの業 」

     この『フィレモンへの手紙』は、パウロがローマの監獄におった時、小アジアのコロサイに住んでいた富豪の信者フィレモン長老とその妻アフィア、彼の息子アルキポと彼らの家の教会に宛てて書いた手紙である。それはわずか25節しかないが、その内容は愛で溢れている。パウロはロマ書を書いた後、エルサレムに行き12日目に神殿冒とく罪で入獄した。そしてローマ監獄に送られた。入獄中、奴隷オネシモが脱走罪で入って来た。そして二人は親しくなって、オネシモはパウロを通して救われ、信仰を持つようになった。さらに話しを聞くと、パウロの知人フィレモンの奴隷であることがわかった。オネシモはもはや逃亡することなく、進んでフィレモンの下に帰ろうとしたので、そこでこの手紙を書いた。

 

 

1 奴隷制度の現実

 

     フィレモンは聖徒に対して親切な金持ちであったが、奴隷制度に対して是認していた。それは人間の優劣から起るもので、殊に、征服、被征服の関係の問題でもあって、奴隷は征服者が征服されたものを家畜のように使うようになったことから発生した。それは貸借関係からも起って来ている。パウロは奴隷を解放することを願っていたが、その制度を革命的に暴力的手段でもって転覆させようとはしなかった。彼は奴隷のスパルタカスが35万人の奴隷を引き連れて大騒動を起こしたことを知っていた。捕えられた者六千人くらいがローマのアッビア街道で磔刑につけられた。パウロの選択した道は、穏和な方法で、それはキリストの命によって、無効にされた。クリスチャンの交わりにおける愛の感覚は、とても強く、優勢であったので、堕落した人類の社会秩序は自然に無視され、奴隷制度の改正の必要すらなかったのだった。キリストにあるすべての信者は、教会の中で平等な身分を持っていたのだった。

    教会とは、キリストにある新しい人であり、自由人と奴隷の区別はなかった。パウロはオネシモを「奴隷以上の者、愛する兄弟」「愛する同労者」「仲間」として新しい人である教会の一部分として親密な感情を抱いていた。当時の教会は、新しく救われた者たちは長老に託されていたので、長老フィレモンにパウロはオネシモを委ねたのであった。

 

2 パウロの解放の方法

 

     ⑴暴力によらず、補償による 「彼があなたに何か損害を与えたり、負債を負ったりしていたら、われはわたしの借りにしておいてください」(18節)と書いている。年老いたもパウロはオネシモが経済的に迷惑をかけたのだろうが、それを赦してくれ、その償いは自分がすると言っている。パウロは、その負債を革命によって暴力的に反故にしようとはしなかった。「金を払わなければならないなら、代って自分が払いましょう」と言っている。彼はいま獄中にいるのでお金など無い。パウロは貧しくフィリピの教会からの差し入れのお金をもらっていた。その中からオネシモの為に払ってもよいと言っている。獄中の差し入れ金を奴隷解放の為に使おうとするパウロであった。気前が良い人で、親切な人であった。しかしフィレモンはそれがわからなかったであろう。

 

     ⑵ 心から愛をもってなした 「わたしの心であるオネシモを、あなたのもとに送り帰します」(12節)と書いている。パウロはオネシモを「わたしの心」と言っている。路上生活者の人を「わたしの心」と言うようなもので、自分の心臓であると言っている。わが心と呼ぶ人を放ってはおけないので努力する。

 

    ⑶ 兄弟愛からの出発である。「もはや奴隷としてでなく、奴隷以上の者、つまり愛する兄弟としてです」(16節)と言っている。しばしば私たちは相手に対して優越感を持ちやすいが、パウロは経済的格差や、人種的相違などから上に立って何かをしようとするのでなく敬意を払って接している。表面的でなく内面的である。

 

   ⑷ 強制的にせず意識的になした 「あなたの承諾なしに何もしたくありません。それはあなたのせっかくの善い行いが、強いられるかたちでなく、自発的になされるようにと思うからです」(14節)と言う。パウロは8節で「あなたのなすべきことを、キリストの名によって遠慮なく命じてもよいのですが、むしろ愛によってお願いします」と言い、フィレモンが進んで自ら解放してくれるようにと言っている。この愛から出発するのがパウロの方法であった。

 

     ⑸ 分離的でなく協同的平和を楽しむ 「わたしを仲間としてみなしてくれるのでしたら、オネシモをわたしと思って迎え入れてください」(17節)と書いた。

 

   ⑹ 永遠の解放 単なる一時的なものでなく永遠の解放のためにはキリストによって元気づけなければならない。「キリストによって、わたしの心を元気づけてください」(20節)、安心させよ、と言っている。

 

 

 

 適用 

      パウロは牢獄にいた時、水汲み、労役をして助けてくれたのはオネシモであった。パウロはそれを感謝し、オネシモを自分以上のものと感じた。だから解放してもらおうと手紙を書いた。そのため彼がなしたことに対して補償し、我がことのように訴え、頼んだ。その根拠はキリストにあって新しい関係が生まれている事にあった。復活の命が満ちているところに真の教会があると言える。聖霊の交わり、霊の交わりを見ながらパウロは教会の形成を念頭に置きながらその対処方法を啓示したのであった。これは愛による贖いの業の実践であった。

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