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「人間愛からキリスト愛へ」

パウロは、人間愛に絶望してロマ書を書いた。彼は熱心なユダヤ教徒の迫害者であったが、それがキリストとの出会いで方向転換してから、殉教を覚悟で宣教する者に変わった。しかしエルサレム教会は彼を誤解し、そのため彼は孤立させられた。彼はその誤解を甘んじて受け、アラビヤに三年、故郷に十余年沈黙の内に過ごした。やがてバルナバに発見されて、エルサレムに出た。神殿に入って祈っている時「異邦人のもとに遣わす」との命を受けてからむなしく日を過ごしたが、猛然と立ち上がった。ところが人々は彼の恩寵の福音を疑った。ある人は使徒パウロを偽使徒であると言いだした。彼が伝道して立てた教会は次から次へと反逆した。第一次伝道旅行の時に立てたガラテヤ教会は律法宗教に戻って行き、第二次伝道旅行にて立てたコリント教会は、分裂した。そして貧しい人を救済すべき社会事業を興したが、コリント教会はそれを疑い「悪賢くだまし取った」という噂まで流れた(Ⅱコリント12:16)。このようなことからパウロは人間愛に絶望し、エフェソからコリントまでの長い旅を続けた後、コリントにおける憂鬱の合間に書き綴ったのがロマ書であった。ゆえにロマ書は涙の結晶でもある。。

1 誤解と曲解

パウロが人生に失敗した者をも神はもう一度再生できるものだと力説した時に、悪意ある連中が、「善が生じるために悪をしようではないか」とパウロが言っていると曲解し、ふれ回っている者もいた。またパウロが非愛国者で、偽預言者だと謗った者もいた。こうした誤解中傷に対して、異邦人の使徒として使命を果たすためにローマからスペインまで向かう大伝道旅行を企画していた。そしてローマに立ち寄る前に、そこの兄弟たちに彼に対する誤解を弁明し、迎え入れてもらうための準備としてこのロマ書は書かれたのであった。

例えばユダヤ民族がなにゆえ神から離れていったのか、これに触れて、ユダヤ人の失敗が外国人を励ます結果となり、異邦人伝道に励んだのだがその目的とするところは、要するに自分の同胞にねたみを起こさせ、その幾人かでも救いたかったからだ、と記している(ロマ11:13)。よって決して非愛国者ではないと弁明している。

2 新しい恵みの生活

パウロは神の恩寵によって新しい生活が始まると考えた。それは自分の力で得た生涯ではなく、まったく神のお情けで得られた生活で、神の自由な御支配のもとの生活である。人も95歳を過ぎるといつお迎えが来ても不思議ではないので、毎日が感謝の生活だそうだ。毎日、人生の終わりを意識して生きるなら余分な物は持たずある物だけで喜んで生きることができ、謝捨に生きられる。感謝と断捨離の生活である。95歳まで生きたのだからあとは余分の人生で、神からのお情けで頂いている生涯と考えるなら自由ではないか。これはクリスチャンの生涯に似ているのではないか。十字架で一度死んだ聖徒は、残りの生涯をそっくり神にお任せし、神に献げ尽す供え物としているからである。そこから初めて「無抵抗」という考えも生まれてくる。神が守ってくれると信じるからである。日本のキリシタンは250年に亘って迫害されたが、不思議に明治初年にキリシタン禁令が解かれると一万五千人のキリシタンが出て来たそうだ。信仰の火種が消えなかったのである。剣を用いなくても悪に勝つ工夫が信仰にとって与えられる。

病人を叱っても始まらない。赤ん坊がそそうをしたとしても叱る人はいない。だから自分に辛くあたる人がいても神を知らないのだから仕方ない、可哀想だ、赦してあげよう、という立場に立つなら結局、そのほうが勝つのである。これは神の子の新しい生涯の道徳律なのである。それをパウロはロマ書12章で述べている。「聖なるいけにえとして献げなさい」「偽らず、悪を憎み、互いに愛し、苦難に耐え忍び、たゆまず祈り、聖徒たちの貧しさを助け、旅人をもてなし、迫害する者たちのために祝福し、高ぶらず、見分の低い人たちと交わり、悪に悪を返さず、平和に暮らし、復讐せず」生きることを勧めている。そればかりかすべての上にある権威に従い、税を納めよとまで教えている。これらができるのは余分の生涯、神のお情けの生涯と考えなくてはできるものではない。神の統治の下にある生涯であることを知るには信仰を持たねばならない。

3.神の愛

パウロはロマ書を三区分で構成し、1 堕落からの回復としての神の道を取り扱い「神の義」を、2 世俗からの聖別として神の性質を取り扱い「神の聖」に言及する。さらに、3 汚れと自堕落からの変貌として神の表現を取り扱い「神の栄光」について語っているが、それに終わらず、最終的に、神の心にある人間への関与の動機として「神の愛」にまで導いていく。

神は私たちをこよなく愛しておられる故に味方であり、愛をもたらし、十字架による贖罪愛をもって罪を赦し、贖い出し、さらに聖霊による神の愛の注ぎなしたのである(ロマ5:5)。これをパウロは「キリスト・イエスのある神の愛」として高調する。そこで神の愛はキリストと一体化している。パウロはそもそも人間愛に絶望してこのロマ書をも執筆した。それが神の愛の実践として、キリストの贖罪愛、十字架愛に向かって行った。

そしてキリストの中に永遠に救わんとする神の意志の結晶を発見したのであった。彼にとってイエスは、歴史的存在であるだけでなく、永遠に現在である「わたしはある」と言われた神そのものであり、キリスト(救い主)であり神の愛の意志そのものであった。ロマ書8章は、そのキリスト愛を発見した賛歌である

4.適用

「誰がキリストの愛から私たちを引き離すことができようか。艱難か、苦しみか、迫害か、飢えか、裸か、危険か、剣か」(ロマ8:35)と自問するが、キリスト愛以上のものはないことを発見する。そして、何ものも主キリスト・イエスが十字架・復活・昇天を通過して、復活の主の命を与える聖霊となって私たちの心に注がれた神の愛こそ強くかつ高いキリストによる永遠の命であり、すべての恵みの源泉であることを確信したのであった。その喜びを宣言したのがロマ書であるに他ならなかった


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