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「同労者テトスの芸術生活」

    「1 人々に、次のことを思い起こさせなさい。支配者や権威者に服し、これに従い、すべての善い業を行う用意がなければならないこと、2 また、だれをもそしらず、争いを好まず、寛容で、すべての人に心から優しく接しなければならないことを。」

 ギリシャの文化的な都市コリントをパウロは訪ね、キリストを宣べ伝えました。そこには多くの哲学的な人々、ギリシャ人が住んでいましたが、何人かはパウロの言葉を受けて、キリストを受け入れ、救われ、永遠の命と聖霊を受けました。

 

 

1 テトスのコリント伝道

 

    パウロの愛弟子テトスは、ギリシャ人であったが、忠実な助手で、稀に見る事務的才能に恵まれた人でした。コリント教会は、すべての面で混乱を極めており、殊に財政的方面において乱れておった。この混乱した教会の財政的事務を整理するために、55年の春に、パウロに派遣されたのがテトスであった。

 コリントと言う町は、道徳的には腐敗しており、そのために教会の中までその空気が侵入しており、『コリントの信徒への手紙』を見れば、父の妻を自分の妻にしている男がいたり(5:1)、かと思えば聖餐式でぶどう酒をしたたか飲んで、酔っ払うと言う者もいた(11:21)。その上に金銭問題で、教会が財政的にも紊乱を極めていた(9:3)。かつまたパウロが義援金の上前をはねる者である、という非難まで起った(Ⅱコリ12:16)。そこにパウロはテトスを、混乱を収めるために送った。

  そしてテトスがコリントの教会の混乱を処理して帰って来たのを見て、喜んだのであった(Ⅱコリ7:6)。パウロはテトスを「私の愛する子」(Ⅰコリ4:17)、「私の同志」「協力者」と言っている(Ⅱコリ8:23)。テトスは、テモテの兄弟子に当たりパウロにとってはまたと無い大切な戦友、同志であったのである。

 

2 テトスのクレタ島伝道

 

   テトスが遣わされて伝道したのは、地中海における二大島(クプロス島・クレテ島)の一つであるクレテ島でもあった。そこにはエトナ山という火山があり、早くからエジプト文明とギリシャ文明の影響下にあった。文化に目覚めたことはいいのだが、開けると共に厭うべき悪癖もこの島民は持っていた。

  クレテ人には三つの悪癖があった。即ち、⑴嘘つき ⑵野獣性 ⑶怠惰の大食漢である。怠惰の大食漢とは、食べことばかりに熱中して働くことを嫌がる怠け者を指す。パウロの時代はギリシャ文化の頽廃期であった。この時期の人々の真理は、何かと言えば過去のみを語るようになる。ゴーリキーの『どん底』という戯曲には年がら年中過去のみを語っている人が出て来る。そして「昔は昔は」と言って、昔の手柄話ばかりを繰り返し、昔の栄華を誇る。これは頽廃期の心理の特徴である。「昔は毎月何百万も儲けたのだ、またもうかったら返すから、金を貸してくれ」と言って過去を質入れして、金の融通してもらおうとする人もいる。

 クレテ人が野獣性を帯びていると言うのは、放蕩三昧、不節制に生きたことである。パウロが彼らを戒めて、信仰を健全に保たせ、「ユダヤ人の作り話や真理に背を向けている者の掟に心を奪われないようにさせなさい」(テトス1:13)と言うのは、過去の誇りに心を寄せなと言うことである。日本には、怪しげな系図を振り回す人間が今日でも少なくない。嘘であるかどうかは定かではないが、過去に住む人々、嘘つきの心理とはどのようなものかを学ぶことができる。外側の文明は進んでも、内側は少しも進歩せず、過去に住んでいる状態の人がいる。

 クレタ島の教会がそうであった。彼らはイエスの精神に触れたとはいえ、古着を脱げずに新しい着物をその上に纏っている状態だった。このクレテ島のキリスト化を己が責務としたのがテトスであった。それで『テトスへの手紙』には、多くの伝道に関する忠告が与えられている。第2章を見ると、諸種の人々に対する務めが詳しく記されている。パウロはクレタ島の信徒に対してキリストの新しい心持ちの必要を説いた

 

3 空論を避け実行へ

 

    パウロの『テトスへの手紙』にはあまり理屈はなく、より実行的な生活が奨められている。空論より実行へと言うのがこの手紙に一貫する思想である。「すべての善い業を行なう用意がなければならない」(3:1)と言う事が力説されている。さらに進んで言語動作を慎むように注意が与えられている。

⑴誰にもそしられず、

⑵争いを好まず、寛容で、心から優しく人に接するように、

⑶愚かな議論、系図の詮索、争う論議を避けるようにと告げている。

 

 適用 

 

   「キリスト教を信じたい」と言う人に対して「教会に行きなさい」と奨めるだけでは何にもならない。どこに行きなさい、誰々に会いなさいと言う代わりにテトスの如く、自ら「善き業の模範」となる事を心掛けなければ駄目である。自ら先頭に立って、人を引っ張っていくものであるべきである。無分別で、不従順で、種々の情欲や快楽のとりこになったり、悪意とねたみを抱いて暮らし、忌み嫌われたり、憎み合ってはならないというのである。それが実際となるのは神の贖罪愛があるからだと言う。主の復活の命を与える聖霊によって造り変えられ永遠の命を受け継ぐ者として善き行いを成し、平安を生きることである。これは、テトスにとって、クリスチャンとしての生活を飾ることで、一つの芸術でもあった。

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