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「イサクの祝福」

創世記27章2~4節「イサクは言った。「こんなに年をとったので、わたしはいつ死ぬか分からない。3今すぐに、弓と矢筒など、狩りの道具を持って野に行き、獲物を取って来て、4わたしの好きなおいしい料理を作り、ここへ持って来てほしい。死ぬ前にそれを食べて、わたし自身の祝福をお前に与えたい。」

 

 

イサクは、カナンの地が飢饉に見舞われた時、ゲラルの地に滞在することとしました。彼は王を恐れ、妻を、それぞれ、自分の妹であると偽って、嘘をつき、その結果、王をはじめ人々に罪を犯させるようになったのです。イサクは父アブラハム同様、決して強い人間ではありませんでした。2人とも神を恐れず人を恐れたため各人の妻を、それぞれ、自分の妹であると偽って混乱を招きました。これは創世記12章10~20節(アブラハム、エジプト王に対してサラを妹と言う)と20章(アブラハム、ゲラルのアビメレク王に対してサラを妹と言う)と26章(イサク、ゲラルのペリシテ人・アビメレク王に対してリベカを妹と言う)に出ています。「ゲラル」はベエルシェバの西方30キロほどの所にありました。霊的なクリスチャンは決して嘘をつかないでしょうか。私も初期の頃、そう信じていました。結局、嘘をつくことを発見しました。

 

 

1 弱さにもかかわらず

ではどうすべきでしょうか。それは何もすべきでありません。いまや神の定めが及んでいます。妻を犠牲にすることから守ったのは、神の恵みでした。このイサクの場合は、大事に至らず、かえって多くの財を持つように成長しました。少し無理な事にも挑戦すると成長するのですが、「ねたみ」をも引き起こします。自分は努力もしないで、人をうらやむのが「ねたみ」です。イサクには弱さもありましたが、神を信じて「穀物の種を蒔く」ように努力する一面もありました。ところが神を信じないペリシテ人はイサクをねたむようになり、父アブラハムの堀った井戸をことごとくふさぎ、退去してくれと告げたのです。ねたむのは、相手方の自由ですが、人生は、人から、ねたまれるようになる必要もあります。人生とは、ある意味で、ねたみとの戦いです。ねたまれるのは、力のある証拠です。もし自分にねたみ心が起こった時には、神を信じて、自分の持ち味を生かすように努力すればよいでしょう。やればできるのにやらないので、ねたみ心を持つようになるからです。このようにイサクは神の恵みを享受した人ですが、それにもかかわらず、アブラハム同様の天然の弱さを見ます。イサクは双子の息子エソウとヤコブのうち、兄のエソウを偏愛し家庭問題を引き起こしました。イサクが恵みを享受したのは、神の定めによるもので、彼が霊的であったとか、信仰的であったとかは関係なく、この世の基が置かれる前からあらかじめ定められたものです。私たちはみなイサクの一部で、恵みを享受するよう定められている面があるのです。

 

 

2 神の裁き

イサクの誤りは、神の意志を思わないで、「私の好きな美味しい料理」(自分の好み)で、兄のエサウを祝福しようとしたところにあります。イサクはエソウに「獲物を取って来て、私の好きなおいしい料理を作り、ここへもって来てほしい。死ぬ前にそれを食べて、私自身の祝福をおまえに与えたい」と告げました(創27章3b~4節)。イサクは、自分の好みに従ったため、神の御心と違ったものを祝福しようとしたのです。その結果、自分の好むものを祝福できず、かえって神の定めた方を祝福することになりました。妻のリベカにしても、神が語られた「兄が弟に仕えるようになる」とのおことばを理解していたはずなのに、弟ヤコブに祝福を与えるよう企てました。イサクは目がかすんで見えなくなっていたので、イサクの好きな料理を持たせ、エソウが毛深かかったため、ヤコブの腕と首に子山羊の毛側を巻き付け、イサクが彼に触った時、「声はヤコブだが、腕はエサウの腕だ」と言わせました(創27章22節)。リベカの策略によって、父がヤコブに与えた祝福をエサウはねたみ、憎しみ、ヤコブを殺そうと思うようになりました。そこでリベカはヤコブを逃れさせる算段をしました。一方、イサクもリベカにとって、エサウの妻たちは「悩みの種」でした。これを理由に、騙されたエソウの怒りからヤコブを守るためにリベカは、異邦人の女から妻を娶ってもらいたくないので、ヤコブを送りだして同族の娘の中から妻をめとるようにイサクに提案しました。異邦人の嫁たちが嫌になったのは本当でしたが、ヤコブの嫁捜しのために送り出したと言うのは口実で、嘘でした。ヤコブをエソウの怒りから守ることが目的でした。こうして、神の働きを信頼せず、夫を欺いたリベカは、祝福を受けるはずのヤコブと二度と会うことなく死んだのです。これは、自分の息子を失ったことを意味します。彼女は息子を助けたつもりでしたが、押しのけたゆえに、息子を失ったのです。またヤコブは20年にわたって故郷に帰ることができませんでした。神を侮ってはいけません。これが神の裁きです。こうして一家の混乱を招いたのです。イサクには人間的弱さがありました。あなたには弱さがないでしょうか。どの人にでも弱さはあります。ただそれを示すことができないのです。それを知っているならば弱くはありません。それは暴露されなければなりません。他の人、妻、夫、同室者、友人たちはみな知っています。知らないのは自分だけです。にもかかわらず恵みは享受するのです。あまりに人間的な命に生きたイサク夫妻は、神の主権を助け、神の目的を成就したのでした。

 

 

適用

イ自分の好みでなく、神の意思を信じ、事柄を進めることです。その時、神は人の思いを越えて働いてくださいます。ねたむ心は取り去られ平安が与えられます。また、憎しみと復讐心を取り去る道は、神の働きを信じることです。

 

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