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「塩の柱となったロトの妻」

19:16 ロトはためらっていた。主は憐れんで、二人の客にロト、妻、二人の娘の手をとらせて町の外へ避難するようにされた。17 彼らがロトたちを町外れへ連れ出したとき、主は言われた。「命がけで逃れよ。後ろを振り返ってはいけない。低地のどこにもとどまるな。山へ逃げなさい。さもないと、滅びることになる。」19:24 主はソドムとゴモラの上に天から、主のもとから硫黄の火を降らせ、25 これらの町と低地一帯を、町の全住民、地の草木もろとも滅ぼした。26 ロトの妻は後ろを振り向いたので、塩の柱になった。

 

 

ソドムの町を滅ぼそうと決断された主はなる神が、ロトとその家族に「命がけで逃れよ。後ろを振り返ってはいけません。・・・山に逃れなさい。さもないと、滅びることになる」と命じました(創19章17節)。しかしロトはとても山まで逃げられません。しかしツォアルという小さな町までなら逃げ込めますと告げますと、主は「よろしい」とそれを認め、その町は滅ぼさない事にしました。彼らはどうだったでしょうか。

 

 

1 恥のしるし

主イエスは弟子たちに、終わりの日に、滅びることのないように「ロトの妻を思い出しなさい」と言われました(ルカ17章32節)。それは彼女が振り返らないようにと警告されていながら、後ろを振り返って、塩の柱となったからです。彼女はソドムの町から引き出され、その町の滅びからは救われましたが、塩の柱となったのです。なぜ彼女は後ろを振り返ったのでしょうか。それはまだソドムには息子や既に嫁いだ娘たちとその婿たちや家や財産があったからです。塩の柱は、何を意味しているのでしょうか。塩は粉末であるなら有用ですが、大きな塊であれば役に立ちません。それだけではありません。主の来臨の時、私たちは「恥じ入る」かもしれないと告げられ(Ⅰヨハネ2章28節)、ヨハネ黙示録16章15節で主は「見よ、わたしは盗人のように来る。裸で歩くのを見られて恥をかかないように、目を覚まし、衣を身につけている人は幸いです」と言われます。それは恥ずかしいと感じるだけでなく、退けられることです。

 

 

2 主の覆い

人は覆われていなければなりません。アダムとエバは裸であることを知った時、「いちじくの葉」をつづり合わせて腰のまわりを覆いました(創3章7節)。「いちじくの葉」は自分の罪深さを覆おうとする人自身の働きを象徴しますが、その働きは不十分です。そこで神は彼らのためにおそらく「小羊の皮」でしょうが、衣を作り、着せました。この「皮の衣」は、罪を贖い、赦す神の義としてのキリストの覆いを意味しています。人の作った「いちじくの葉」の覆いは、神によって「皮の衣」に置き換えられました。よって霊的に私たちの覆いは、キリストです。裸になることは、覆いを失うことで、私たちの覆いとしてのキリストを失うことなのです。パウロはこう教えています、「主イエス・キリストを身にまといなさい」(ロマ13章14節)と。堕落した人として、私たちは恥を受けないために覆いを必要とします。霊的にも肉体的にも覆いを必要とします。人は堕落前、神の御前に裸でした。堕落後、罪が入って来たので、裸であることは罪深くなりました。性質において罪深く、正しい覆いを必要となったのです。物質的に言えば、覆いは衣服です。今日、人々は裸であることを好み、体をできるだけ露出しています。しかし、罪深さのゆえに自分を隠せば隠すほど平安を持ちます。私たちは肉体を露わにすればするほど平安をなくします。集会の中で覆いをつけて祈ること、語る事はキリストの覆いを失わないことを意味します。しかし成功し、興奮し、酒に酔ってたるんだりするとキリストの覆いを忘れ、不注意になります。それは酔うだけでなく、裸になり、恥を被り、呪いを受けます。ノアが酒を飲んで裸になった時、そのノアの失敗を、覆ったものは祝福され、その失敗を露わにしたものは呪われました(創9章25節)。 このロトの妻が塩の柱となったことは、救われた人でも、恥に入れられ、退けられ、呪われると言うことの可能性を告げています。ですから私たちはこの時代の酩酊している教えに従うべきではありません。私たちの霊を生かす言葉を聞くべきです。

 

 

適用

主イエスは私たち救われ再生した者は、「地の塩」であると言われました(マタイ5章13節)。私たちのなすべき働きは、この腐敗した世の病原菌を殺し、絡みつくこの世の肉を引き剥がすことです。味を失った塩や、ロトの妻のように、役に立たない塩の塊になるなら(ルカ14章34節)、栄光ではなく、恥となります。ルカ14章25から33節は、主イエスに従うことで絶対的であることを語っています。「もし、だれかがわたしのもとに来るとしても、父、母、子供、兄弟、姉妹を、更に自分の命であろうとも、これを憎まないなら、わたしの弟子ではありえない」と言っています。主ご自身が第一であれ、それ以外は愛する憎しみを持てと言うのです。神の思いが成就するように、有益な塩として、社会の浄化の為に愛をもって貢献していきましょう。

 

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