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「神の御手にある生涯」

10 その地方に飢饉があった。アブラムは、その地方の飢饉がひどかったので、エジプトに下り、そこに滞在することにした。・・・17 ところが主は、アブラムの妻サライのことで、ファラオと宮廷の人々を恐ろしい病気にかからせた。18 ファラオはアブラムを呼び寄せて言った。「あなたはわたしに何ということをしたのか。なぜ、あの婦人は自分の妻だと、言わなかったのか。19 なぜ、『わたしの妹です』などと言ったのか。だからこそ、わたしの妻として召し入れたのだ。さあ、あなたの妻を連れて、立ち去ってもらいたい。」20 ファラオは家来たちに命じて、アブラムを、その妻とすべての持ち物と共に送り出させた。

 

 

イエスが弟子たちに授けられたのは、「あらゆる力に打ち勝つ権威」でした(ルカ10:17~20)。敵が持っているものは、力です。「権威」は、「力」を征服します。「弟子たちは主の権威によって、これらの悪しき力を征服しました。これはアブラハムの祝福です。 さて祝福を受けたアブラハムにも弱い一面がありました。今日はそれを考えてみましょう。アブラハムが到着したカナンの地はベテルとアイの間の神が意図された高い地点でした。彼はそこにとどまっているべきでしたが、彼は更に南へ向かって旅を続け下って行きました。高い地点は、最上の場所であったはずなのに、なぜエジプトへ下っていたのでしょうか。この世の享楽の場所だからです。これが彼に試練をもたらします。

 

 

1 何を選択するか

私たちの神は、愛の神であるだけでなく、主権の神でもあります。あらゆることは、神の経綸の下にあります。神は私たちの環境を主権的に調整されないお方ではありません。いかなる環境にあっても神の按配があります。さてアブラハムが南下してネゲブ地方に移ると、その地域一帯はひどい飢饉が襲っていました。生計を立てる事柄において彼は神のどう信頼すべきかを学ばねばなりませんでした。彼はそれを克服する力も信仰もなく、安易な選択をしました。それはエジプトへ下って行き、嘘をついて生きようとしたのです。神はシケムでアブラハムに「あなたの子孫にこの土地を与える」と言われました(12章7節)。その同じ神がいまや飢饉を与えられました。彼は大量に食糧を備蓄しているエジプトに行く事だけを考えたのです。彼は神がどこに行かせたいのかを考えず、神を持っていないかのようでした。 彼とその妻サライがエジプトの国境に来た時、彼は自分の命を救うために、妻を妹と言って嘘をつき、他人の妻となることを許し、犠牲にしようとしました。にもかかわらず彼女はこれに従い、相談に乗り、咎めなかった最上の妻でした。エジプトに入ると、エジプト人は彼の妻サライの美しさを見てファラオの宮殿に召し入れました。ある意味で、アブラハムは妻を売ったのです。それゆえに彼はファラオから羊、牛、ろば、らくだ、男女の奴隷を与えられました。 しかし、神は彼をほうっておかず対処されました。17節は言います、「主は、アブラハムの妻サライのことで、ファラオと宮廷の人々を恐ろしい病気にかからせた」。サライを除いて宮殿に住む者皆が恐ろしい病気になったのです。それでなぜ彼女だけが病気にかからないのかを尋ねたのです。それで彼女も全体の状況を見て理解し、自分がアブラハムの妻であると告げたのでしょう。神の御手がサライの上にあり、ファラオの上にありました。神は入って来て、アブラハムと妻を守りました。ファラオはアブラハムを呼び寄せ、「なぜ自分の妻を妹などと言ったのですか。だから召し入れたのだ。さあ、妻を連れ、すべての持ち物を携えて去ってください」と告げたのでした。私たち信者が、信仰を持っている時、周りの人たちもみな益を受けますが、この信仰を損ねますと、周りの人たちに害を及ぼします。

 

 

2 神の養い

神の主権はファラオの手から物を取り上げて、アブラハムに渡され、アブラハムは妻を失わず、むしろ、大きな富を得ました。彼は神の守りの中にいたのです。「アブラハムよ、もう悪いことをしてはならないよ、嘘を言ってはならないのだよ、ただ私に信頼するほうが更に良いのだよ」、そう神が語りかけているようです。こうして彼はあらゆることが神の御手にあることを学んだのでした。このように神の召された者の一人である限り、あなたが神を信じても信じなくても、頂点にいようと、どん底にいようと、神は顧みて下さいます。これはアブラハムの物語だけでなく私たちの物語です。神は実際的であり現実的に対処をしてくださいます。この世の経済が良くても悪くても、神は私たちを顧みてくださいます。自分の命を救うために妻を売る計画をしていても、神はどのようにして妻を守り、私たちのために多くの物を得て、獲得したすべての富と共にいるべき場所に引き戻すかを計画しておられます。

 

 

適用

アブラハムのエジプトで受けた訓練は、自分の将来とすべてのものが神の御手の中にあることを学びました。自分が選択しなくても、すべてが与えられているのです。神はアブラハムに言われました、「さあ目を上げて、あなたがいる場所から東西南北を見渡しなさい。見える限りの土地をすべて、わたしは永久にあなたとあなたの子孫に与える」(13章14節)。このことから私たちは、教会生活の中で決して争わないことを学ぶ必要があります。たとえすべての選択を兄弟たちにさせたとしても、愛の神はすべての選択をあなたに与えられているのです。こうしてアブラハムはヘブロンに来て神との交わりの内に余生を暮らしたのでした。

 

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